カテゴリ: イベント

今年の清和のバス旅行は「良寛を訪ねる旅」となりました。東京から直接バスで新潟まで行くと往復に時間がかかり一泊二日では厳しいので、多少値段は張りますが、東京~新潟間は新幹線になりました。往復ともE4系の二階建て車両でした。

17バス旅行1

1997年に東北新幹線でデビューした車両で、当時16両編成時の定員1634名は高速車両としては世界最大ともてはやされたのですが、東北新幹線が320キロにスピードアップした時に、鈍足のため上越新幹線へと追いやられ、平成20年には全廃される予定との事です。残念な気もしますが、一階席に座ると眼の位置が線路脇の障壁より低く、折角窓際の席に座ったのに、東京から新潟までずっと壁ばかり見て過ごし、これでは人気が出ないのも止むを得ないのかなと思いました。

東京駅発8時24分、新潟に着いたのは10時28分。駅前広場に「清和書道会様」という標識を掲げた中型バスが待っていました。

17バス旅行2

駅からほんの5分ほどのドライブで新潟日報ビルに着き、ここの5階にある「会津八一記念館」を見学しました。

17バス旅行3

会津八一は明治・大正期の文人で、名前は良く聞くのですが、正直詳しい事はここで初めて知りました。
明治14年新潟生まれ。地元の中学在学中から文学好きで良寛や正岡子規に親しみ、明治35年に上京。早稲田大学を卒業した後、一時地元の中学の英語教師。その後再び上京して、母校の早稲田大学で長らく教鞭をとっていましたが、空襲で家を失い新潟に疎開。戦後は夕刊新潟の社長に就任、文化振興に力を尽くしたということです。号は秋艸道人。歌人、書家、東洋美術史家。展示品は書簡が主でしたが、掛軸、扁額、良寛の肖像画、焼物なども並んでいて、多才ぶりをうかがい知ることが出来ました。

17バス旅行4


佐渡汽船の船着場の食堂で箱弁を食べた後、良寛の里美術館に行きました。天衣無縫と称される良寛さん晩年の書が何点も展示されていてゆっくりと観賞できました。

dd45f979.jpg


自由闊達この上ないのですが、読み難いことも半端ではなく、毎日展に出品したら誤字と判断されないかと余計な心配をしました。

2017バス旅行6

ここは国道116号線沿いの道の駅「良寛の里わしま」に隣接していて、良寛さんが晩年を過ごした木村家、和らぎの家、出逢いの庵、茶室指月亭、隆泉寺などなど所縁の建物が並んでいるのですが、どれが史跡でどれが観光用に後から作ったものなのか、もう一つよくわかりませんでした。

次に良寛記念館に行きました。こちらのほうは落ち着いた観光色の少ない普通の美術館でした。

17バス旅行7

和堂先生も昭和45~6年頃ここを訪れていて、その感想を清和誌に次のように綴っています。
『良寛の生家、山本家の墓地の近くに建てられている。佐渡を目の前にした海岸の台地で、玄関と長廊と本屋からなり、簡素だが瀟洒な美しい建物である。この館の収蔵品は良寛の研究家で郷土史家でもある佐藤吉太郎翁が集められたものが主体となっている。一番興味を引いたのは弟の由之に宛てた手紙「人も三十四十を越えてはおとろへ行くものなれば・・・」という放蕩を戒めた文で、一行に五字から七字位の大きな字で、あまり続け書きにせず、字粒の揃った読み易い書きようで、二〇行程の良寛の手紙としてはかなりの長文である。』

634db8ea.jpg


隣接する夕日の丘公園に行って、日本海と遥か海上に霞む佐渡島を望見し、記念写真を撮りました。東京を出発した時は雨でしたが、幸い日本海側は晴れていました。

17バス旅行11

六時に岩室温泉に着き、「大橋館の湯」に投宿しました。温泉は硫黄の臭いがきつく、なめると塩っぱい味がしました。夕食後の宴会はカラオケで、久しぶりに昔々の会社の慰安旅行の雰囲気を体感しました。

17バス旅行12

翌朝九時に旅館の人に見送られてバスで出発、30分ほどで国上寺に着きました。709年に建立された大層歴史のあるお寺で、当初は修験道でしたが、法相宗・天台宗・真言宗醍醐派を経て現在では真言宗に属しています。現在の本堂は四度目の再建で、国上寺の中興の祖といわれる万元和尚が再建したものです。
閑散とした淋しいお寺でしたが、渡り廊下の先にもう一つお堂があって、こちらの方は幟が立ち、脇に水子地蔵が立ち、庫裏にも繋がっていて多少賑やかでした。案内人にどちらが本当の國上寺なのかと聞いたら、両方国上寺だと言っていました。

淋しい國上寺
17バス旅行13

多少華やかな國上寺
17バス旅行14

万元が資金集めに奔走する間住んでいた庵が五合庵で、一日あたり米五合を給されたのが名前の由来とか。その後は住職が引退した後の隠居所に使われていましたが、良寛が住んだことで一躍有名になりました。良寛の歌によれば、屋根は「槇の板屋」、柱は「竹の柱」、入口には「菰すだれ」がかかっていました。

五合庵の周りをぐるぐる廻ってみると裏手に小さな池がありましたが、便所も炊事場も無く、随分と住みにくそうな庵だとの印象を受けました。炊事は托鉢に出ればやらなくて済むとして、トイレはそうもいかないので、外で用を足して池に流したのだろうかなどいろいろ憶測しました。しかし現在の五合庵は大正3年に再建されたレプリカで、昔は崖から流れ落ちる清水を利用し、別棟の便所があったそうです。県の文化財に指定されていますが、復元するなら正確にやってほしいものです。

17バス旅行15

「いざここに 我が身は老いん
あしびきの 国上の山の 松の下庵」
「焚くほどは 風がもてくる落葉かな」

 國上ビジターサービスセンターの駐車場から國上寺間は尾根伝いの登り坂で、五合庵は別の尾根伝いに大分下ったところにあります。もう一度尾根伝いに登って戻らなくて良いように、谷を跨ぐ吊り橋が架かっていました。

17バス旅行17

國上寺からバスで30分ほど走って弥彦神社に着きました。閑散としてひとけの無かった國上寺に比べて、越後一ノ宮の弥彦神社は頗る賑わっていて人も多く、参道の両側には土産物屋が軒を連ねていました。

17バス旅行18

弥彦神社は万葉集にも歌われる古社で、祭神は天香山命、ご神体は標高六三四メートルの弥彦山で、大鳥居から遠望することができます。神社の境内からバスとロープウエーを乗り継いで山頂に登り、山頂のレストランで昼食にわっぱめしを食べました。

17バス旅行19

弥彦神社から北陸自動車道と関越自動車道を通って2時間ほど走り、魚沼の近くにある西福寺開運堂へ行きました。西福寺は1534年開山の曹洞宗のお寺で、開山堂とは初代住職を祭る御堂のことです。このお堂は幕末の石川雲蝶による彫刻や絵画で有名で、道元禅師を題材にした作品が多くありました。

17バス旅行20

テープレコーダーの解説に合わせて、案内人が該当する場所に懐中電灯の光を当てるといったスタイルで、堂内の天井に施された彫刻を細かく説明してくれました。

17バス旅行21


堂内は写真撮影禁止なので、堂の外の彫刻を撮影しておきましたが、やはり外の彫刻は大分風化が進んで色はほとんど褪せていました。昔は村の若い衆が命綱を取って高い開山堂の屋根に上り、何度となく雪下ろしをしていたそうでが、平成11年に覆い屋根ができてその必要が無くなったとの事です。

17バス旅行22

17時浦佐駅発のMAXとき334号に乗って無事帰りました。なかなか変化に富んだ楽しい旅行でした。行程中には結構坂道や石の階段が多く歩くのには苦労しましたが、皆さん頑張りました。

幹事さんご苦労様でした。
(植村 齊記)

3月23日~26日まで、横浜みなとみらいのランドマークプラザにて「かながわ書道まつり」が開催されました。神奈川県在住の、毎日書道展作家による毎年恒例の書道イベントです。

17かながわ書道まつり1

書家507点の「東日本大震災・熊本地震復興応援チャリティ小品展」の他、会期中は、席上揮毫、パフォーマンスコンテスト、体験コーナーなどのイベントも開催されました。

こちらは、「同じ筆で多彩な表現を楽しむ」というテーマによるパフォーマンスイベント。
17かながわ書道まつり2

休日ということもあり、多くの人で賑わいました。
17かながわ書道まつり3

当会からも、下記の作家作品が出品されました(敬称略):
植村斉、佐藤芙蓉、小林清蓮、加島静睦、畑中静抄、尾崎静水、菊地薫、山口玲月

植村斉 ~とくとくとたりくるさけのなりひさこ うれしきおとをさするものかな~
17かながわ書道まつり4

佐藤芙蓉 ~をくつばも遠へ足尾もかすむなり嶺越し山こし春やきぬらん~
17かながわ書道まつり5

小林清漣 ~春の野に霞みたなびきうらながし この夕影に鶯鳴くも~
17かながわ書道まつり6

加藤静睦 ~よし野山梢の花を見し日より 心は身にもそはずなりにき~
17かながわ書道まつり7

畑中静抄 ~春雪の暫く降るや海の上~
17かながわ書道まつり8

尾﨑静水 ~春雨のこしたにつたふ清水哉~
17かながわ書道まつり9

菊地薫 ~和面不同(和して同じからず) 孔子~
17かながわ書道まつり10

山口玲月 ~世の中に一人しか居ない私 唯一度だけの人生だから…~
17かながわ書道まつり11

作品は2万円から3万円の値段が付けられ、収益は東日本大震災と熊本地震の被災地支援にあてられるとのことでした。

第11回かながわ書道祭りが開催中です。
神奈川県在住の、毎日書道展作家による毎年恒例の書道イベントです。
書家510点余の「東日本大震災・熊本地震復興応援チャリティ小品展」の他、
会期中は、席上揮毫、パフォーマンスコンテスト、体験コーナーなどのイベントも開催される予定です。

当会からも、下記の作家作品が出品されます(敬称略):
植村斉、佐藤芙蓉、小林清蓮、加島静睦、畑中静抄、尾崎静水、菊地薫、山口玲月

詳細はこちら。
http://kngwshodomatsuri.web.fc2.com/

横浜にお立ち寄りの際は、ぜひお越しください。

会期:2017年3月23日~26日
    11:00-20:00
会場:ランドマークプラザ3階・1階
    横浜市西区みなとみらい2-2-1
後援:(財)毎日書道会

2017年毎日新春チャリティー書展が下記の通り開催されます。
当会からは、佐藤芙蓉副会長、藤倉静香常任理事が出品されます。

会期:2017年1月5日(木)~11日(水)
    10:00-18:00 (最終日は16時閉会)
会場:東京銀座画廊美術館8階
    中央区銀座2-7-18 銀座貿易ビル
主催:毎日新聞社、(財)毎日書道会

毎日新聞の記事より
http://mainichi.jp/articles/20161216/dde/012/040/017000c

11月20日、明治大学にて、会長講演会~名車フェアレディ物語~が開催されました。

弊会の植村斉会長は、会長就任前は日産自動車に勤務しており、フェアレディZの設計責任者として開発を担当した経歴があります。そのような経歴から度々講演の依頼が舞い込みますが、この度は明治大学の教室を会場に、スポーツカーの歴史と、フェアレディZの開発について約1時間半の講演が行われました。

Z講演会

前半は1700年代の蒸気機関車の発明から始まり、戦前・戦後の欧州と日本のスポーツカーについて、後半は貴重な裏話なども交えながら初代Zの開発についてで、スライドを使用しながら、スポーツカーのことを知らない人も興味を持って聞ける内容で進められました。

質疑応答では、「開発当時の他社の反応」や、「他の売れた車では何が印象に残っているか」などの質問があり、フェアレディZがポルシェ911をベンチマークにして開発されたことや、今のフェアレディZは、開発当時の「高いお金を払わなくても、庶民に手が届く、性能のいいスポーツカーを作る」という目的とは全く違う、数百万もするスーパーカーになってしまったけれども、マツダのロードスターのコンセプトは当時のフェアレディZ似ていると思うなど、興味深い話を聞くことができました。

当日は、Zファンクラブの方が、初代フェアレディZに乗って会場までいらっしゃっていました。
Z講演会2

ボンネットには会長のサイン入り:)
Z講演会3

↑このページのトップヘ