2014年08月

秋に東京都美術館で開催される「清和書展」の作品が、ようやく締切ぎりぎりに完成しました。

ハナミズキと蜂の工筆画(中国絵具を使った細密画)に合わせた行書を提出することになりました。

「半」の縦線が真っ直ぐ書けない~~!という情けないレベルで、何枚も何枚も、果てしなく同じ字を書いてると、だんだん嫌になってくるし、飽きるし、いくら書いてもうまく書けないし。。。

ひよっこが言うセリフじゃないのは百も承知ですが、

「いやぁ、疲れました。。。」

絵と書が一体となって表装されるとどんな風にできあがるのか想像できないので、それを見るのが唯一の楽しみといえば楽しみですが、充実感というより、かなりの疲労感と敗北感です。

しかし、ぐったりしている暇もなく、次は11月の昇級試験の練習が始まりました。年一度の昇級試験は、飛び級できるチャンスがあります。現在漢字は2級なので、初段になれる可能性もなくはないとのことなので、チャレンジしてみようかと思います。 

課題は、「任意の楷書14字を臨書したもの一枚と、課題の詩句(杜甫)14字を楷書または行書で一枚」です。

孟法師碑
孟法師

書庫に眠っている、植村和堂が集めた書道関連の書籍類。

過去何度か目録の作成が試みられたらしいのですが、あまりに数が多いので、そのたびに途中で立ち消えになったままとのこと。雑多な資料が書庫に山積み状態なので、何とかしたいと思いつつ、、、どこから手をつけていいか分からず、結局放置。

書庫2

整理できたら、いずれ会員の方たちの書道練習などに役立たせることができたらいいなぁと思います。

こちらは書庫から見つかった、植村和堂編著昭和23年発行の折手本。
tehon

tehon2

7月26日(土)、日暮里の本部にて今年度の師範試験審査が行われました。

漢字の楷行草隷4体のほか、古典の臨書、写経、かなの半切作品、学生用手本など、幅広い範囲から10問出題されました。会長・副会長4名が審査した結果、今年度は5名の合格者が出ました。

合格者: 宮澤佳代子、岡崎洋次郎、石見淳子、西澤俊子、服部由里子

8月9日(土)に認定式が行われ、先生方から

「人により得意・不得意がありますが、今後は師範として人を教える立場となるので、得意科目は更に伸ばし、苦手は克服する努力を続けるように」

とのお話がありました。

合格者の皆さん、本当におめでとうございます。

8月10日(日)13時~17時、かな条幅勉強会が文京区民会館で開催されました。
講師に清和書道会顧問の楢原萌春先生、助講師に小林清漣先生、藤倉静香先生をお迎えしました。

テーマは、半切または2尺×6尺に和歌の横書きです。

夏の日は 懐かしきかな こころよく
         くちなしの花の 汗持ちて散る ~北原白秋~


台風接近の雨の中、27人の参加者がありました。

楢原先生の書かれたサンプル7点が展示され、散らし方の解説がありました。
工夫が付かない場合は、等伯や探幽などの絵を参考にするのも一つの方法だとのことでした。
皆さん、普段あまり書き慣れない横書きに挑戦し、戸惑いながらも楽しく勉強されていました。

楢原先生の作品

楢原先生の作品B

楢原先生の作品A

今年の夏も、夏休みを利用して大学通信教育のスクーリングに行ってきました。
今回受講した講義のテーマは古典和歌です。

今年に入ってから仮名古典の臨書を始めましたが、私にとっては全く勉強したことのない外国語を写している感覚だったので、その背景にあるものや、基本的なことを知ることはとても勉強になりました。

近代短歌と古典和歌の違い

近代短歌は何をどのように詠んでもかまわないけれど、古典和歌には漢字1~5文字くらいの題詠があって、その題を満たす歌でなくてはならない(これは万葉集にはなく、古今和歌集から始まって平安時代に発達した形式で、鎌倉時代の和歌は9割が題詠によるもの)。

その題は何を表現するものなのかという「本意」がある。
例)
「桜」=「儚く散る」というのが本意で、古典和歌に詠まれている桜は「待つ心」、「すぐ散ってしまう」ということを表している。
時鳥(ホトトギス)=「声」を詠んでいて、「なかなか鳴いてくれない」というのが本意で、思いの強さを表現している。

こちらは授業で配られたプリントで、「恋」に関する題詠。
恋の題だけでこんなにたくさん!
プリント

ちなみに「恋」の「本意」は、喜びよりも「苦しみ」で、会えない苦しみなどを詠んでいるものが圧倒的に多いとのこと。
題詠も、「忍不逢恋」、「契絶恋」「逢不遇恋」、「臨期違約恋」などなど、見るからにハッピーそうでないものが多いです。


現代と違って、コミュニケーションツールが少なく、共有できるものが少ない時代でも、人々は和歌を通じて共通する価値観を持ち、共感を生むことができた。

この後、基本について以外も内容盛りだくさんの授業でしたが、私の中では特に、勅撰和歌集の「撰」と「選」の違いについて、

”「撰」はただ「選ぶ」のではなく、たくさんあるものの中から自分の表現にかなうもの、ふさわしいものをそろえて、それを元に主張したいことを伝え、新しいものを作ること”

と説明のあったところが印象に残っています。

書道や水墨画などを通じて古典の勉強を続けて、それを活かしていくには、自分にはどんなことができるか、どんなことをやってみたいか、ぼんやりながらも改めて考えるよい機会になりました。

↑このページのトップヘ